欲張りで浮ついた心を戒め、本来の自分を取り戻す。
かつての私はせっかちで、常にないものねだりをしていました。春には秋の涼しさを待ちわび、夏には冬の雪を思い、旅先ではただ目新しいものばかりを追い求めていました。目の前にある今この瞬間を大切にしようとせず、未来はもっと素晴らしく、遠い場所にはもっと感動があるはずだと信じ、探し求めて奔走する日々。しかし、心の中はいつも虚無感と不安でいっぱいでした。そんな私が中秋の時期にこの地を巡り、季節に寄り添いながら中秋の団らんを楽しむ地元の人々の生活の知恵に触れたことで、少しずつ浮ついた心が抜け落ち、本来の自分を取り戻すことができました。この土地の人々は四季の移ろいや伝統的な行事をとても大切にしています。中秋の夜にはお月見をして祈りを捧げ、月に月餅を供え、街角で皆と一緒に楽しむ風習があります。夜になると、どの家も月餅や秋の果物、金木犀のお酒を並べ、ご近所さんを誘い合って庭先に座り、秋の月を愛でます。年長者が昔の中秋の夜の思い出を語り、若者たちが和気あいあいと笑い合うその光景には、派手さはないものの、温かな家族団らんの空気が満ち溢れています。地元の食生活も旬のものを大切にしています。秋には秋の穀物を食べ、月見のお菓子を手作りし、秋の味覚を干して保存します。街角の職人たちも季節に合わせて手仕事を変え、堅実に、焦らず、欲張ることなく穏やかに暮らしています。私は静かに座ってその様子を見つめながら、深く悟りました。万物は時に従って生まれ、季節に合わせて散っていく。月の光は優しく、人々の営みは穏やかで、この世のすべてにはそれぞれ「最高のタイミング」があるのだと。私はもう、別の季節の景色を思い描いて妄想を膨らませることはありません。中秋の素晴らしい趣を心ゆくまで感じ、目の前にある一輪の花、一本の草、一日一日を大切に過ごしています。心の中の焦りは完全に消え去り、穏やかで満ち足りた気持ちでいっぱいです。宋の儒学者・程顥(ていこう)は「万物静観皆自得、四時佳興与人同(万物は静観すれば皆自得す、四時の佳興は人と同じ)」と詠みました。自然の理に順応し、伝統の行事を守り、焦らず欲張らず、静かに歳月を見つめること。それこそが、最も心豊かな人生のあり方なのです。