オタリで見なければなりません。池バスセンターから徒歩約20-minuteです。オタリは歴史的に塩の道で有名な場所です。牛方旅館はアンティーク家具や道具が揃った古い家です。それはr...
牛方宿というのは、物資を運んだ牛方と牛が一緒に寝泊まりした宿です。栂池高原から小谷村を通る国道148号線に向かって下っている途中に見つけました。 藁ぶき屋根の建物で、建物には説明も記されていました。この牛方宿のすぐ近くには「塩の道」の表示がありましたが、かつて、糸魚川から松本まで物資を運んだ千国街道を「塩の道」と呼ぶようです。かつては、その塩の道沿いには、何軒もの牛方宿があったそうですが、現...
牛方というのは、牛を使って物を運ぶのを仕事とする人のことです。この牛方宿は、栂池高原から国道に向かう途中にありました。 藁ぶき屋根の古い建物には説明版がありました。それによると、この牛方宿はもともとは千国正幸という人の旧宅です。江戸時代の千国街道沿いの輸送に携わった牛方やボッカが寝泊まりした建物なんだそうです。 すぐ近くには「塩の道」という標識がありました。松本から糸魚川までを結ぶ千国街...
栂池高原のかっこう通りを下って行ったところにある、江戸時代に信州 松本と越後 糸魚川を結ぶ交易の塩の道 千国街道の、輸送を担った牛方やボッカが寝泊まりした宿場で、旧千国家住宅・牛方水車・塩蔵等があります。 前山百体観音までの塩の道も、往時をしのばせる風情のある小径でお薦めです。
塩の道を徒歩旅途中立ち寄り。 雪のない時期に荷物を運んだ牛と牛をひく牛方が泊まったという宿が残されている。一人の牛方が六頭の牛をひいて、越後と信濃を行き来していたとのこと。当時の風習等を含め、丁寧に教えていただいた。 実際に塩の道を歩くと、こんな狭い急坂をどんな風に牛が歩いたのだろうか、と当時の苦労が相当なものだったろうと思わされる場所も多々あった。
オタリの歴史的場所
オタリで見なければなりません。池バスセンターから徒歩約20-minuteです。オタリは歴史的に塩の道で有名な場所です。牛方旅館はアンティーク家具や道具が揃った古い家です。それはr...
牛方宿は、物資を運んだ牛方と牛が一緒に寝泊まりした宿です
牛方宿というのは、物資を運んだ牛方と牛が一緒に寝泊まりした宿です。栂池高原から小谷村を通る国道148号線に向かって下っている途中に見つけました。 藁ぶき屋根の建物で、建物には説明も記されていました。この牛方宿のすぐ近くには「塩の道」の表示がありましたが、かつて、糸魚川から松本まで物資を運んだ千国街道を「塩の道」と呼ぶようです。かつては、その塩の道沿いには、何軒もの牛方宿があったそうですが、現...
塩の道を行き来する牛方たちの宿泊所
牛方というのは、牛を使って物を運ぶのを仕事とする人のことです。この牛方宿は、栂池高原から国道に向かう途中にありました。 藁ぶき屋根の古い建物には説明版がありました。それによると、この牛方宿はもともとは千国正幸という人の旧宅です。江戸時代の千国街道沿いの輸送に携わった牛方やボッカが寝泊まりした建物なんだそうです。 すぐ近くには「塩の道」という標識がありました。松本から糸魚川までを結ぶ千国街...
牛方やボッカが寝泊まりした宿場
栂池高原のかっこう通りを下って行ったところにある、江戸時代に信州 松本と越後 糸魚川を結ぶ交易の塩の道 千国街道の、輸送を担った牛方やボッカが寝泊まりした宿場で、旧千国家住宅・牛方水車・塩蔵等があります。 前山百体観音までの塩の道も、往時をしのばせる風情のある小径でお薦めです。
塩の道
塩の道を徒歩旅途中立ち寄り。 雪のない時期に荷物を運んだ牛と牛をひく牛方が泊まったという宿が残されている。一人の牛方が六頭の牛をひいて、越後と信濃を行き来していたとのこと。当時の風習等を含め、丁寧に教えていただいた。 実際に塩の道を歩くと、こんな狭い急坂をどんな風に牛が歩いたのだろうか、と当時の苦労が相当なものだったろうと思わされる場所も多々あった。