基肄城跡は、天智4年(665年)に大野城跡(福岡県)とともに築かれた日本最古の本格的な山城で、構造上の特徴から「朝鮮式山城」と呼ばれています。天智2年(663年)、唐・新羅の連合軍に滅ぼされた百済の再建を支援するため、大宰府を中心とした北部九州の防衛の一つとして、この基肄城が築城されました。 城の構造は、基山(きざん:標高約405m)とその東峰(標高327m)とを土塁と石塁で囲み、その内側の尾根...
福岡県との県境にある佐賀県の古代山城。続百名城にも選ばれている。草スキー場までは車で行けて頂上まではすぐ。水門側は台風の影響で復旧中このため要注意
城跡は基山の山頂付近にあります。 麓の登山口から1時間弱の登山で到着です。 険しい山道でもなく、ハイキング気分で森林浴を楽しみながら登ることができます。 2020年3月現在、 途中の登山道で豪雨の影響か荒れているところも散見されましたが、 登るのに支障があるほどではありません。
古代のお城
基肄城跡は、天智4年(665年)に大野城跡(福岡県)とともに築かれた日本最古の本格的な山城で、構造上の特徴から「朝鮮式山城」と呼ばれています。天智2年(663年)、唐・新羅の連合軍に滅ぼされた百済の再建を支援するため、大宰府を中心とした北部九州の防衛の一つとして、この基肄城が築城されました。 城の構造は、基山(きざん:標高約405m)とその東峰(標高327m)とを土塁と石塁で囲み、その内側の尾根...
古代のお城
基肄城跡は、天智4年(665年)に大野城跡(福岡県)とともに築かれた日本最古の本格的な山城で、構造上の特徴から「朝鮮式山城」と呼ばれています。天智2年(663年)、唐・新羅の連合軍に滅ぼされた百済の再建を支援するため、大宰府を中心とした北部九州の防衛の一つとして、この基肄城が築城されました。 城の構造は、基山(きざん:標高約405m)とその東峰(標高327m)とを土塁と石塁で囲み、その内側の尾根...
広大な古代山城
福岡県との県境にある佐賀県の古代山城。続百名城にも選ばれている。草スキー場までは車で行けて頂上まではすぐ。水門側は台風の影響で復旧中このため要注意
広大な古代山城
福岡県との県境にある佐賀県の古代山城。続百名城にも選ばれている。草スキー場までは車で行けて頂上まではすぐ。水門側は台風の影響で復旧中このため要注意
軽い登山に
城跡は基山の山頂付近にあります。 麓の登山口から1時間弱の登山で到着です。 険しい山道でもなく、ハイキング気分で森林浴を楽しみながら登ることができます。 2020年3月現在、 途中の登山道で豪雨の影響か荒れているところも散見されましたが、 登るのに支障があるほどではありません。