白石駅での電車待ち時間(40分)の間に拝観しました。 時間がなく白石城天守閣は行かれなかったので、天守を近くで眺めたので帰ろうと、北側方向にあると神社がありました。 少しだけ時間が余っていたこともあり、お詣りをしました。 お詣りした後で境内を見渡してみると、思っていたよりも由緒正しい神社なのではないかと見えてきました。 調べてみると天照大御神を主祭神、伊達政宗公と片倉景綱公が合祀しているとの事。...
807年に坂上田村麻呂により創建されたと伝わる。1900年に現在地(白石城二の丸跡)に遷座。祭神は天照大御神。白石城の鎮守、領内の総鎮守。白石城の厩口門跡近くに一の鳥居があり、そこから緩やかな石段を上ったところに二の鳥居(1996年建立)がある。神門は伊勢神宮の第60回式年遷宮(1973年)の際に下賜された内玉垣御門の一部。現社殿は1935年築で木造銅板葺き。拝殿内には「天壌無窮」と記された扁額が...
白石城の右側奥、白石城入口から白石城ミュージアムを通り、突き当たって右側に行き左側に神社正面入口、右側方面に行くと武家屋敷があります。神社の祭神は伊達政宗と片倉小十郎景綱だそうです。歴史が古く由緒ある神社のようです。大きな鳥居があり、その先に神社の神門、そして奥に社殿がありました。大きな注連縄、大きな神明社の扁額があり威厳があり、また、境内には大国主神社、益岡天満宮、不忘山稲荷社がありました。白石...
白石城内、本丸に登る道筋に在ります。ご由緒からですが、創建は9世紀前半 坂上田村麻呂によるものとのことです。以来この地を治めた武将たちに尊ばれてきました。
白石城の北側に隣接している片倉家ゆかりの神社。武家屋敷まで歩く途中に立ち寄った。樹々に囲まれくらい印象だが、なぜか黄色っぽい色で塗られている。(木肌の色だったのかもしれない)拝殿は切妻が正面を向いた形で、屋根に突き出した千木がちょっと印象的だった。天照大御神の他に、伊達政宗公と片倉景綱公が合祀されているそうだ。そばに学問の神様・菅原道真公を祀った小さな天満宮があった。
天照大御神を主祭神とする神社
白石駅での電車待ち時間(40分)の間に拝観しました。 時間がなく白石城天守閣は行かれなかったので、天守を近くで眺めたので帰ろうと、北側方向にあると神社がありました。 少しだけ時間が余っていたこともあり、お詣りをしました。 お詣りした後で境内を見渡してみると、思っていたよりも由緒正しい神社なのではないかと見えてきました。 調べてみると天照大御神を主祭神、伊達政宗公と片倉景綱公が合祀しているとの事。...
伊勢神宮から下賜された神門
807年に坂上田村麻呂により創建されたと伝わる。1900年に現在地(白石城二の丸跡)に遷座。祭神は天照大御神。白石城の鎮守、領内の総鎮守。白石城の厩口門跡近くに一の鳥居があり、そこから緩やかな石段を上ったところに二の鳥居(1996年建立)がある。神門は伊勢神宮の第60回式年遷宮(1973年)の際に下賜された内玉垣御門の一部。現社殿は1935年築で木造銅板葺き。拝殿内には「天壌無窮」と記された扁額が...
祭神は伊達政宗と片倉小十郎景綱です
白石城の右側奥、白石城入口から白石城ミュージアムを通り、突き当たって右側に行き左側に神社正面入口、右側方面に行くと武家屋敷があります。神社の祭神は伊達政宗と片倉小十郎景綱だそうです。歴史が古く由緒ある神社のようです。大きな鳥居があり、その先に神社の神門、そして奥に社殿がありました。大きな注連縄、大きな神明社の扁額があり威厳があり、また、境内には大国主神社、益岡天満宮、不忘山稲荷社がありました。白石...
白石城の鎮守です
白石城内、本丸に登る道筋に在ります。ご由緒からですが、創建は9世紀前半 坂上田村麻呂によるものとのことです。以来この地を治めた武将たちに尊ばれてきました。
片倉家ゆかりの神社
白石城の北側に隣接している片倉家ゆかりの神社。武家屋敷まで歩く途中に立ち寄った。樹々に囲まれくらい印象だが、なぜか黄色っぽい色で塗られている。(木肌の色だったのかもしれない)拝殿は切妻が正面を向いた形で、屋根に突き出した千木がちょっと印象的だった。天照大御神の他に、伊達政宗公と片倉景綱公が合祀されているそうだ。そばに学問の神様・菅原道真公を祀った小さな天満宮があった。